(丸山(弁天山)の裾に造られた移転後の「桜地蔵」)

根来街道の村々を巡る(童子畑・金熊寺・六尾)

―ここにある故郷を知ろう泉南市東地区(前編)―


開  催  令和7年10月11日(土)

集合場所  泉南市コミュニティバス「童子畑」バス停前

集合時間  午前930分(今回は昼食休憩があります。)

【南海本線側の方の例】

※コミバス(山回り)樽井駅前(9:00)→童子畑(9:28

JR阪和線側の方の例】

※コミバス(山回り)和泉砂川山手東口(9:15)→童子畑(9:28

解散場所  泉南市コミュニティバス「中六尾」若しくは「西六尾」バス停前

解散予定時間  午後2時半~3時半頃

雨天等の代替日10月12日(日)

(雨天等で開催日を変更する場合は前日18時以降に電話・メールで連絡します)


参加費  会員、会員外とも300円(資料代等(当倶楽部は歴史学習を目的として  おり、毎回20P程度の資料を配付しています))

申込方法 【会員】担当役員に携帯ショートメールで「〇〇です10月11日に参加します」または「(同)欠席します」と連絡してください。

     【会員外】「10月11日参加希望」、「氏名」、「住所」、「電話番号」を必ず記入のうえEメールで申し込んでください。

     (Email)   yoshikiyo.itoh@gmail.com

定員・締切 定員は会員、会員外計20名。申込締切は10月4日。 (締切日以降のキャンセルは、資料作成済のためキャンセル料が発生します。)

※例会参加は自己責任です。事故等の一切の責任は負いません。(保険は未加入)


■探訪ポイント

コミバス「童子畑バス停」童子畑地区内散策(新桜地蔵・丸山の弁天、諏訪の明神・地蔵寺(逆修供養不食念佛塔等)・氏神神社(諏訪神社)・旧童子畑小学校跡・出口の石殿と石仏)桜地蔵旧跡・まぼろしの楠畑→金熊寺温泉→金熊寺地区内散策(府気象観測所・東村役場跡・旧東小跡🚻・観音院🚻・信達神社・金熊寺駐在所)→一石五輪塔・板碑・地蔵→矢野氏の墓地→六尾地区内散策(東簡易郵便局・道祖神・庚申石塔・阿弥陀寺・和泉国第三十四番小(六尾小)跡・ユー温泉)→築の井分水(井関)→ バス停前解散

※探訪地・ルート等は変更する場合があります。(行程約5キロ)


※更に奥の「葛畑・堀河・楠畑地区」(後編)も、極めて重要な歴史・民俗の宝庫ですが、コミバス利用と徒歩では実施困難です。自動車分乗方式による企画で、是非何時かは実現したいと思っています。(その場合は会員皆様のご協力が必要です。)


【案内】

信達(牧野)を起点として紀州根来までの17キロは、中世から近世にかけて「三畑越え」と呼ばれ、明治期からは樽井から牧野(大鳥居)を合わせて根来街道と呼ばれる街道となりました。

慶長5年(1605)の「和泉国絵図」では奥の村は「しんたち内畑村」となっていますが、元和5年(1619)小出氏から松井(松平)氏への引継ぎ文書である「松平周防守様御引渡郷村帳」では、「三ケ畑村 高三百十九石三升三合」と表示され、金熊寺の287石や六尾の210石を上回っています。葛畑、楠畑、童子畑がそれぞれ分村(村切り)されるのは所謂寛永期以降ではないでしょうか。


これら、三ケ畑(葛畑、楠畑、童子畑)の面積は現在の泉南市の約1/4を占め、金熊寺・六尾を含める東地区全体では約1/3を占めています。

一方、都市部への人口流出、過疎化に合わせて、少子高齢化による人口減は所謂「限界集落」の定義には未だ至っていないようですが、今後の地域社会の存続にとって様々な深刻な課題を私達に投げかけています。

しかし、昨年この時期に探訪した「泉佐野市大木地区」と同様に、我が泉南市の東地区は今も元気です。例会当日には、各地区の「やぐら」曳航も予定されているとか、ここにある故郷」を訪ねて、清々しい秋の一日を存分に歴史探訪いたしましょう。


(近世初期の岸和田藩領絵地図(写))。この図では、和泉国日根郡三ケ畑村は既に「村切り」されていますが、童子畑の手前の金熊寺川・楠畑川分岐付近に「楠畑」の表示が見えます。また楠畑川上流に「奥楠」の表示がみえます。)

(9/22追加)

上記、近世初期の岸和田藩領絵地図(写)の謎に関して調べた記事をアップしています。清左の残日ブログの「清左の歴史深堀り4」をご覧ください。

(10/3追加)

開催日が10/11(土)から10/16(木)に変更されました。詳しくはこちらから。