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(中庄の大光寺)

 まずは「いずみさのなんでも百科」で中庄の大光寺を事前学習。
 そういえば、「本末制度」をきっちり学習したことがありませんでしたよネ。いろいろなサイトがありますが、歴史的経緯をきっちり書いた「本末制度の確立」はこちらから。

 3/29の「佐野町場」例会で、佐野の上善寺に行ったばかりですが、今回の大光寺(大高寺)も近世は浄土宗の中本寺でした。ややこしいのですが、橋本正高の墓で有名な貝塚の上善寺は中庄の大高寺の末寺だったのです。(混乱することばかり言ってすみません。)

 さて中庄新川家は、元河内長野荘開発領主の三善氏の庶流で、中庄に移り住んだのち三善(新川)盛喜のとき新川一門衆に加わったといわれていますが、この人が大高寺の開基大旦那(寺院の開基に資財を献じた者。)だったようです。開山は玄誉上人です。

 今回、江戸時代に浄土宗中本寺だった「大光(高)寺」をなぜ深堀りするのか、それは我が泉南市(信達・新家等)の浄土宗寺院の多くが末寺(一部は孫寺)となっており、それぞれの村の歴史に少なからぬ影響を与えたことが分かってきたからです。

(5/24追加)
藤井寺市の市史デジタルアーカイブは非常によくできていると思います。上の「本末制度の確立」だけでなく、その前の「キリシタン禁制と宗門改」はこちらから。
また、その後の「檀家制度と宗旨人別帳」はこちらから。

(5/25追加)
 「本末制度の確立」の中で、幕府が各本山に求めた「末寺帳」の提出が、寛永九(1632)年と元禄五(1692)年の二度にわたって行われたことが記されていました。二回目の提出に伴う寺側の記録をまとめたものと思われますが、中庄新川家文書研究会、近藤孝敏先生の作成による「元禄9年(1696)6月「開基由緒泉州中庄大光寺末寺帳」(「浄土宗寺院由緒書」巻上)にみる大光寺末寺一覧」に掲載されている末寺を下記にご紹介します。

  (寺号)   (大光寺との関係)  (所在地、()内は現在)

1.薬師寺   大光寺支配   日根郡 中庄内田出村(泉佐野市中庄)
2.長福寺   中庄大光寺末寺 日根郡 日根(日根野)村(泉佐野市日根野)
3.西上寺     同上    日根郡 日根(日根野)村(泉佐野市日根野)
4.光明寺来迎院  同上    和泉郡 (下条郷)大津村(泉大津市本町)
5.上善寺     同上    和泉郡 貝塚(貝塚寺内)(貝塚市南町)
6.明福寺     同上    日根郡 東長滝村(長滝東番)(泉佐野市長滝)
7.永福寺     同上    日根郡 中長滝村(長滝中番)(泉佐野市長滝)
8.清福寺     同上    日根郡 西長滝村(長滝西番)(泉佐野市長滝)
⑨.正楽寺(勝楽寺)同上    日根郡 (信達庄)北野村   (泉南市北野)
⑩.   了安寺     同上    日根郡(信達庄)大苗代村(泉南市信達大苗代)
⑪.   惣福寺(宗福寺)同上    日根郡 新家(谷)     (泉南市新家)
⑫.   清明寺             同上    日根郡 新家(谷)上村  (泉南市新家)
⑬.   浄福寺             同上    日根郡 (新家谷)高野村 (泉南市新家)
⑭.   地蔵寺        同上    日根(信達庄)童子畑村(泉南市信達童子畑
⑮.   極楽        同上    日根(信達庄)葛畑村     (泉南市信達葛
16.   大福寺        同上    南郡 (麻生郷)馬場村     (貝塚市馬場
17.   常福寺        同上    南郡 (五ケ庄)蕎麦原(蕎原)村(貝塚市蕎原
18.   弥勤寺        同上    南郡 (五ケ庄)塔原村  (岸和田市塔原町
⑲.   光明院(日根山道正寺) 同上   日根(信達宿)中小路村 (泉南市中小路
⑳.  浄岸寺     同上    日根(信達宿)牧野村 (泉南市信達牧野
㉑.   法然        同上    日根(信達庄)中村      (泉南市信達岡中
㉒.   安養寺        同上    日根(信達庄)馬場村   (泉南市馬場
㉓.   正安寺              同上    日根(信達庄)六尾村   (泉南市信達六尾
㉔.   浄泉寺(光明山大覚院)牧野村浄岸寺末(大光寺孫末)
                 日根(信達庄)岡田村   (泉南市信達岡田

以上。
24の末寺・孫寺の内、なんと13カ寺が現在の泉南市内にあったわけです。現在も存在する寺もあれば、存在しない寺もあります

(5/27追加)①
最初に「いずみさのなんでも百科」で引いた「1784(寛延元)年・・・大光寺と改称されました。」という記述は間違いで、延宝六(1678)年であることが近年確認されています。

(5/27追加)②
 投稿初日に、泉南市(信達・新家等)の浄土宗寺院の多くが中庄大光寺の末寺(一部は孫寺)となっており、それぞれの村の歴史に少なからぬ影響を与えた、と記しました。
 泉南市の村の歴史に大きな影響を与えた事例について「1.新家谷編」と「2.信達庄編」に分けて見ていきたいと思いますが、まず「新家谷」ですがこれについては、「泉南市史通史編・史料編」「日輪山清明寺代々記(新家古記の世界)」をもとに筆者が調べた内容と、中庄新川家文書研究会近藤孝敏先生の研究成果に学んでまとめたいと思います。

(6/1追加)

(6/2追加)

(6/3追加)
(リンク先ページのスマホ画面が読めなかったり、それを修復したらリンクがきかなくなるトラブルが発生しましたが現在は修復しています。)

(6/5追加)

(6/10追加)

(6/11追加)

(6/12追加)「泉南歴史トピックス6 ⑦」をどうぞ。

(6/14追加)「泉南歴史トピックス6 ⑧」をどうぞ。

(6/15追加)「泉南歴史トピックス6 ⑨」をどうぞ。

(6/16追加)「泉南歴史トピックス6 ⑩」(最終)をどうぞ。